ていねいな仕事をする、ということ

数年前からよく耳にする“ていねいに暮らす”というフレーズ。私はこれが苦手でした。適当に済ませたり、無駄なことや意味のないことも躊躇なくする、加えて手軽さや便利さ、合理性ばかりを追求してしまう、そういう暮らしが骨の髄まで染み付いている私にとって、“ていねいに暮らす”というフレーズは、まるで脅迫か何かのように聞こえ・・・

ていねいに暮らすって何なのよ。と。

すて奥(すてきな奥さん)や意識高い系の人にしか関係ないんじゃないか、ずっとそう思っていました。

時間や日常に追われずに、日々のひとつひとつに意識を向けて、五感で楽しむ。おそらく、ていねいに暮らすってそういうことなんですが、こんなに難しいことってないですよね。できれば楽したいし、手も抜きたいし、それでうまくまわしたい。

料理もそうでした。一から十まで全部手づくりなんてとんでもないし、自分のぶんだけならインスタントでもいい。最近のレンチン食材はとっても優れていますしね。

でも料理って、食べてくれる相手の存在があります。家族だったり、大切な人だったり、他人のこともあるでしょうし、もちろん自分自身ということも。だから、少なからずその相手のことを考えてつくります。食材の好き嫌いだったり、食べる時間帯だったり、体調だったり。もしかしたら、そういう気遣いもすでに“ていねいに暮らす”がはじまっているのかもしれません。

先日、マンションの一室のカウンター6席だけのお寿司やさんを訪れたときのことです。大衆店で働いたのち銀座の高級店で修行して、そして自分の店を持ったという大将に『チェーンのお寿司やさんとこういうお店の違いってどんなことなんですか?』と質問してみました。

『仕入れのネタの良し悪しももちろんあるんでしょうけど、一番は仕込みの違いでしょうかね。こういう小さな店だとひとつひとつていねいに仕込みに時間をかけて、手間をかけることができますけど、短時間で大量に安く供給する必要があるお店だと、実際難しいですからね』

『ただ世の中でいいとされているものが、万人にとって価値があるかどうかはまた別ですよね。手間ひまかけた高いお寿司が誰にとってもおいしいとは限らないし、静かな店よりも手軽でスピーディなチェーンのお寿司やさんでご家族でわいわいされるのがお好きな方もいらっしゃいますから。ご自分にとっていちばん心地よく感じられるものに価値があるんじゃないですかねえ』

そういって目の前に置かれた握りは、ほんとうにていねいな仕事をされているとわかる、心のこもったひと握りでした。

ていねいに暮らす、って、なんでしょうね。自分や相手が心地よく幸せに思えるものを作っていきたい、そのためになら、少なからずていねいな仕事をしたい、と思う今日このごろです。

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